60年以後、最後的皇后好不容易被埋葬在丈夫的墳墓的傍辺
2006 / 10 / 25 ( Wed ) う〜ん、めちゃくちゃな中国語文だ・・・。
昨日の気になるチャイナなニュースではショッキングなニュースを取り上げたが、今日は清朝ラストエンプレス、婉容のニュース。 最後の皇后、60年ぶり夫の元に=写真1枚だけ埋葬−中国 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061024-00000076-jij-int (10月24日のYahoo!ニュースより 時事通信社配信) 清朝最後の皇帝、そして傀儡国家「満洲国」の執政・皇帝に祭り上げられ、時代に翻弄された人物 -愛新覚羅 溥儀。 彼だけでなく、彼の周囲の人間たちも翻弄された人生を送った。 その中で、一番ひどい目にあったのは17歳で溥儀のもとに嫁いだ、一人の女性-婉容ではないだろうか。 溥儀にとって、婉容は飾り物に過ぎなかった。幼少の時からの環境のせいか、溥儀は彼女をかえりみることはなかった。彼女のみでなく、第二夫人・文繍(離婚)、その後迎えた側室たち(譚玉齢・李玉琴)も お飾りだったが。 婉容は相手にしてもらえない寂しさにアヘンに手を出し、重度の中毒になった。 日本敗戦後、溥儀が逃げても、婉容は各地を転々と彷徨った末、非業の死を遂げたという。 お飾りとして皇后の地位を捨てることが許されず、アヘンに手を出さないと滅入ってしまうとは、 どういったものだったんだろう。 さぞかし辛い人生だったのでは・・・と思われる。 今なお、婉容の死亡した場所や明確な時期は不明なのだそうだが、死後60年ぶりに、 夫の墓のそばに葬られた。 しかし、死亡した場所や明確な時期は不明なため、遺骨はなく、生前の写真1枚が葬られた。 戦後のどさくさだからなぁ。 この60年、婉容の魂はどこへ彷徨っていただろう。 時代に翻弄され、戦争で狂わされた人生。写真だけでも、魂は安息の地を得たと思っているだろうか。 時代が時代だったら、幸せな人生を後れていただろうに。 そう思うと、戦争は人の人生を狂わす悲惨な現状しかもたらさない。 ※ランキング参加中!!清きクリックお願いいたしますm(_ _)m ![]() |
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