1998 My 寒假 1. はじめに〜当初予定してたコースについて〜
2006 / 12 / 24 ( Sun ) ※このレポは、しーぐぅが上海へ留学してた時代に書いたものです。
後半(いや多分すぐ途中)から、手持ちのノートをもとに書いていく予定です。 1998年1月17日から2月13日まで学校は冬休みで授業がない ![]() ・・・さぁ、この3週間をどうしよう ![]() 初めの1週間は両親・(当時付き合っていた)彼氏に相次いで来てもらうから上海にいるとして、 残りの2週間は・・・? 日本に帰国して里帰りする者、南方へ行く者、上海に都合上居残る者、外国へ出る者・・・と冬休みの 使い方は人それぞれまさに各種各様※1だ。私も、今は寒いし、暖かい南方に行こうかとも考えたが、 南方のひとり旅は危ないと聞いていたし、人と同じようなコースたどるのもな・・・ほんとにどないしょ? そこでひらめいたのが、私がなぜ中国に来たのかという疑問に対する答えだ。 では、どうして中国に来たのか?? もともと三国志が好きで、「三国時代(魏・呉・蜀)」という戦国時代群雄割拠の中、 たくさんの武将が中国各地から名乗りを挙げて戦い、 敗れては消えていく。日本にもこんな時代があったけど、やっぱりスケールが違う。 だから、三国志のふるさとに行こう。物語読んでて、やっぱり劉備玄徳・関羽雲長・張飛翼徳※2・ 諸葛亮孔明・趙雲子龍たちが支えた国(蜀)に肩入れしてたから、”天府の国”蜀の都 成都※3へ行こう。 ついでに本場の麻婆豆腐・坦坦麺を食べて、近くの聖なる山”峨眉山”にも登って・・・。 2006年の三峡ダム完成により、沈みゆく三国志の名勝古跡を見ねば・・・。 あっそうだ、四川省メインだから大足※4の石仏も見ようかな・・・。 と、題して「三国志蜀の都を巡ってマーボー豆腐・坦坦麺を食べて、雄大な長江三峡を下る旅」を1月26日から実施することにした。 (当時付き合っていた)彼氏に25日淋しい思いで見送って、翌26日出発 ところが・・・。<音と意味など> ※1 グーヂョングーヤン:いろいろ ※2 今は張飛益徳が正しいようで・・・。三国志は講談から入っていったので、講談の呼び方が正しいものだと思ってました。 ※3 チョンドゥー:現・四川省省都 ※4 ダーズー:敦煌・洛陽と並んで石仏がある街 ※ランキング参加中!!清きクリックお願いいたしますm(_ _)m ![]() |
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ところが・・・。